◆まかいの牧場の由来◆

源 頼朝(みなもとの よりとも)は流人の身を送りましたが、やがて新しい時代を起こそうとする関東武士の士気に乗じて伊豆に旗揚げをし、ついに建久3年天下を平定し鎌倉に幕府を開きました。
この翌年5月、頼朝は時の勢いと権威を示そうとして、富士山のふもと、朝霧高原で壮大な巻狩りを挙行しました。巻狩りとは広い原野にひそむ動物を四方から取り巻いて追い出し、これを狩り取る武士の遊びであり、又、同時に武士道への統一を与え、武術の鍛錬を目的として行われました。頼朝の命に従って全国から馳せ参じた武士は実に9万9千4百騎と言われ、家来達を加えるとその数、実に70万人にも上がると言われています。その時、頼朝の家臣が「朝霧高原で軍馬の育成をせよ!」と命ぜられ「馬飼野(まかいの)」の性を授けられたことが始まりです。巻狩りは御殿場から始まり十里木を通り、今の狩宿に館を置きました。ここには今も有名な天然記念物の駒止の桜と共に、狩りの宿が残っており、昔をしのぶ事ができます。

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